3.コロナウイルス感染終息後に向けての提言―「長崎の創生」を展望した改革の促進
このように、コロナウイルス感染が、当面の経済社会に大きな影響を及ぼし、さらに、中長期にわたり、経済社会の変革を加速する可能性が大きいと思われます。ここでは、長崎県が取り組むべき「長崎の創生」に向けた、改革の促進について、考えてみたいと思います。
① 都市から地方への人口分散の必要性
当面は、緊急事態宣言を受けて、人口移動を極力抑える自粛が行われてきましたが、コロナ後の社会では、人口の大都市集中の見直し、人口の地方への分散による、「安全な国土形成」が求められるべきと考えます。実際に若い年齢層の中には、快適な居住環境・農水業への関心の高さから、長崎県や、特に離島への移住をされる方も多くおられます。国家戦略上も、地方への移住を進めることが必要と思われ、また、地方側も、これらの移住者受け入れに向けた、居住・雇用・コミュニテイ等の準備を進めることが不可欠となると考えます。
② 産業構造の変革
今回のコロナウイルス感染の広がりで、産業構造の変革が迅速に進展する可能性があります。
A. 観光業:
(ア)量的変化:ここ1-1.5年は観光客数・観光消費額とも減少すると考えられ、特に団体旅行・修学旅行の減少が予測されます。その後、これらの旅行者数は、一定回復すると思われます。
(イ)質的変化:これまでも、団体旅行から個人旅行、国内旅行からインバウンド観光等へと、観光の質的変革が行われてきましたが、顧客層・観光商品の2極分化がさらに進展すると考えます。まず、リーマンショック、東日本大震災の際にも見られましたが、コロナ後のデフレの再来から、「低料金旅行・低料金宿泊」へのニーズが再度増大する一方、「ハイクラス旅行・高料金宿泊」へのニーズがさらに高まると考えられます。前者については、国内外から広く観光客が訪れるまでの間、国民に一定の行動制約があっても成り立つ、「近距離間観光」という考え方もあります。これは、2006年長崎市が行った「さるく」に近い考え方で、星野リゾート代表が、「マイクロ・ツーリズム」と呼んでいる観光形態です。
後者は、さらに、MICEやIRと言った、「目的を持った観光」のニーズへと発展していくことが期待されます。
B. 製造業:
(ア)製造業の重要性:製造業は「物作り文化」を持つ長崎県にとって、大変重要な産業です。これまでは、特に、造船(輸送用機械)・機械(はん用・生産用・業務用機械)・重電機・電子部品・食品加工等の製造業が生産額の多い業種でした。コロナウイルス感染の広がりにより、喪失したのは、まずは需要面(個人消費)であり、生産面は需要面の設備投資の減少が今後起こる可能性はあるものの、衰退することはないと考えられます。
また、長崎県が得意とする造船業の振興を考えた場合、国家レベルで「病院船」「災害救助船」の製造を検討するべきと考えます。かつて、「国際救助船」が検討されて実現していませんが、地震等大規模災害時の救助・避難や、アメリカで今回実際に使われた感染症対策のための「病院船」製造は、製造業だけでなく、乗組員の供給・人材育成・ロボット化など、ソフト面の開発にもつながる可能性があります。
(イ)製造業の質的変化:しかし、コロナ後の世界で大きく変わる可能性があるのは、需要の質的変化です。消費の二極分化が起こり、「本当に必要とするもの」「本当に欲しいと思うもの」が消費の優先順位が高まると考えられます。必ずしもリアルに会わなくても目的を達することができる、オンライン会議・オンライン教育・オンライン診療(画像診断を含む)や、電子決済等がもっと普及すると思われます。これらは、2019年までにすでに起こってきた、AI/IoT/ロボットの活用による、経済社会の変革のスピードを加速させることになると考えます。5G・ICT基盤による新しい情報産業関連へのシフトを長崎県はさらに進めることが必要となります。地場企業の中にも、ICT関連企業は多く存在しますが、優秀な人材を多く教育するシステムを有する長崎県にとって、積極的な企業誘致を進めることが必要と考えます。先端的情報産業は、ハード産業とソフト産業に大別されますが、製造業の範疇に入るのは主としてハード産業です。
C. 先端的産業:
・長崎県にとって、先端的産業は、上記の先端的情報産業(ICT/AI/IoT/ロボット等)のほかに、航空機関連産業(部品)、海洋再生エネルギー産業等で、その基盤となるのは、従来から地場産業として存在していた基幹産業の企業群(下請け・協力企業を含む)の技術と優秀な人材と考えられます。
D. 健康・ヘルスケア産業:
・コロナウイルス感染が拡大する過程において、アメリカ・日本・EUを問わず、人々の健康に対する関心が高まり、目先、製薬・サプリメント・ドラッグストア等に対する需要が高まりました。感染状態が長引く場合には、ワクチン・治療薬開発、運動・健康維持・食品等に対する需要が高まり、これらの製造業種の企業誘致も進展する可能性があります。県内の、水が豊富で交通の便利で人材が集まりやすい地域では、医療・製薬などを研究・開発・製造する企業の誘致がありうると考えます。
③ 「安心して住める地域」作り策
上記①「都市から地方への人口分散の必要性」とも関係しますが、様々な災害(地震・風水害・防疫等)対策が行われて、「安心して住める地域」であることが、コロナ後の社会では再認識されると思います。地域として、災害が生じた場合の損害を最小限にとどめるための予防的措置、災害時の迅速な意思決定・行動指針、復旧に向けた迅速な施策等、平常時から非常時に備えるシミュレーションが必要だと考えます(地域版BCP計画)。そして、今回のコロナウイルス感染で明確になったのは、地域医療・福祉体制の重要性です。「安心して住める地域」であるためには、地域の医療機関・福祉施設等のインフラの維持が不可欠で、これらを支える医療関係者・福祉関係者の確保・支援体制が何よりも重要であることは、言うまでもありません。
④ 感染終息後の地域復興策
コロナウイルス感染の緊急事態宣言が出され、解除されるまでの「非常時」が終わり、徐々に「平常時」に戻っていくと考えられます。それは、2007-2008年のリーマンショック時のように、経済・金融システム基盤、生産基盤が揺らいだわけではなく、コロナウイルス感染によって、需要喪失が起こったからです。しかしながら、V字回復がすぐに起こるわけではなく、経営者が将来の需要回復に確信を持つようになるまで、緩やかな回復となると思われます。そこで、地域にとって必要となるのは、コロナ後の「地域復興策」です。私自身、論稿の中で、地域振興策としての人口減少対策・物産・観光等振興策を検討してきましたが、もう一度、これらの地域振興策に取り組む必要があります。ただし、従来と同じ方法ではなく、コロナ後に現出する新たな通信手段・科学技術・社会の価値観(変革を求める意識・イノベーション)に沿った地域振興策であることが必要です。
⑤ 新しい地域づくり・経済社会構造の変革
コロナ後の世界では、官民一体となって、 新しい地域づくりを迅速に進めていくことが求められます。従来の世界と異なるのは、A.最近のSARS,MERS等の例を見ても2-3年おきに次々と出現する感染症と共生する社会、B.感染症により人間が行動変容を求められる社会、C.感染症が起こりうることを前提とした経済社会の形成・企業の経営対応(リスク管理された経営)の必要性、D.感染症によらず、新しい課題・困難を克服してチャレンジを続ける、活力ある経済社会構造への変革、E.「人とのつながり」「助け合い」を切ることができないコミュニテイ等での新しい「絆」の形成等に配慮した地域づくり、への変革が進むものと思われます。
(参考文献)
・IMF(国際通貨基金)「世界経済見通し」(2020.4)
・長崎県「長崎県2040年研究会報告~全国より先駆けて本県に到来する人口減少社会に対し行うべき取り組み~」(2019)
・長崎県「平成29年度長崎県県民経済計算(推計)」(2020.3.31)
・㈱三菱総合研究所「新型コロナウイルス感染源の世界・日本経済への影響と経済対策提言」(2020.4.6)
・「観光に打撃、星野リゾート代表インタビュー~完全復調は1年か1年半かかる」,「NIKKEI BUSINESS」2020.4.6,p.15
・菊森淳文「地方創生の成功法則―地域振興における効果的な人口・観光・物産振興政策の在り方」(2017)
・NBCラジオ,菊森淳文「新型肺炎による長崎経済への影響」(2020.3.6)