コロナ後の環境の変化により、経営戦略を変えるだけでなく、経営管理も変わる可能性があります。ここでは、財務健全性の重視、コスト意識の重視、組織運営の重視を取り上げてみたいと思います。
(1)財務健全性の重視
コロナウイルス感染が需要の喪失を通じて大企業・中小企業を問わず企業経営を揺るがしたことを考えると、財務健全性を重視する方向に企業・非営利団体等を動かす可能性があると思います。一時的には、企業にとって給付金・補助金等による国・県・市町などから支援が行われますが、景気の悪化状態が続くと、中長期にわたり経営を維持できるだけの現金・流動資産を保有したり、負債の減額を進めることによって、財務安定性を高めるという、経営の原点に返ることが必要になります。現在は、2007-2008年のリーマンショックの後から恒常的に金融緩和が行われ、平常時の資金調達が容易になっています。しかし、非常時に大きなショックに耐えられる経営体にするための「耐性」を常に備えておくことがある程度必要になることは、古今東西行われてきたことです。
(2)コスト意識の重視
経営の財務安定性は主として貸借対照表・キャッシュフローの問題ですが、中長期にわたり強い経営体にするためには、全体にコスト削減を行う意識を常に持つことが重要になります。特に固定費用(人件費・物件費)の削減には常に意識して行っておくことが必要だと感じるのではないでしょうか。これは、単に経営体を維持するためというのではなく、チャンスがあれば、将来に向けて果敢に投資できるだけの余裕を作っておくためにも必要なことだと思います。
(3)組織運営の重視
「組織は戦略に従う」「戦略は組織に従う」という言葉があります。コロナ後の世界では、経営環境の変化に強い組織形態や組織運営に迫られる可能性が大きいと思います。
① 組織形態:経済社会の変動・環境変化に強い組織形態を作るには、一定の時間がかかります。非常時には、余裕がありませんが、「新常態」が生まれたときには、できるだけ意思決定を迅速にできる組織形態に変えていくことが必要だと思います。
② 組織運営:組織形態を変えるよりも、組織運営方式を変えていくことができます。コロナ後の世界は、組織内・組織外それぞれに、インターネット・SNS等により、人と人との意思疎通方法を大きく変えることになると思います。
(ア)組織内運営:インターネットにより、この10年間で組織内については、経営トップとメンバー(職員)との距離・情報伝達方法を大きく変えることがすでに起こってきました。従来の組織では、ヒエラルキー(重層構造)組織が一般的で、ボトムアップとトップダウンの両面から、意思決定が行われていました。しかし、組織内でも意思疎通が、従来の組織構造を超えて行われることになったため、A.組織的な立場(ポジション)・役割を超えて、自由に意見交換が行われるようになったこと、B.従来、組織内で物事を決めていくのに会議が開催されてきましたが必ずしも物理的に集まる必要もなく、グループウエアで意見交換ができるようになったこと、が組織運営に変革を促しました。今回のコロナウイルス感染により、オンライン会議がリアルな会議の代替として行われてきましたが、画像で表情や声の強弱・トーンがわかり、ある程度、メンバーの感情までわかるようになりました。文字だけでも、言語を超えて、国家を超えて情報交換・意思決定ができるようになっており、国際協調やビジネスも可能となりました。これに加えて、画像・音声により、海外のメンバーとの間でも背後の感情までわかるようになり、さらに、相手を斟酌する特性のある、日本人間の意思疎通も可能となりました。最終的にはトップが意思決定するとしても(形式的な意思決定)、実質的な意思決定は、メンバー間で客観的事実に基づき論理的に、あるいは、雰囲気的な合意が行われることが多くなっていると思います。そうなると、形式的な意思決定よりも、実質的な意思決定をいかに行うかということの方が重要になっていきます。逆に、経営トップは、組織階層に沿わなくても、メンバーに直接意見や指示を行うことも行うことになります。インターネットやオンライン会議は、使い方によっては、「情報を発信する側」にとって、意思決定を左右することがやりやすくなるという特性もあると思います。
この組織内運営の変化が、組織の意思決定にも影響を及ぼします。すなわち、A.固い組織(統制が行き届き、意思決定が上位下達で行われる組織)と、B.柔軟な組織(メンバーの自由度が高く、メンバーの意見交換により、一定の合意を得て意思決定される組織)の対立が見られます。この「固い組織」の代表格が官僚制度、「柔軟な組織」の代表格がクラブ活動や組合などです。今回のコロナウイルス感染後の経済社会のように、不確実性の高い環境下では、固い組織よりも、柔軟な組織の方が成功する可能性が大きいと思います。漫画「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」がこの二つの組織を対立させて描いていると思います(注1)。
(イ)組織外運営:インターネットが最も力を発揮したのは、A.検索機能によって、世界中の公式情報が簡単に入できるようになったこと、B.組織外でのネットワーク形成と、意見交換が安価に国境を越えて行うことが容易になったこと、C.SNSによって、公式情報以外の情報交換が、世界レベルで安価に行うことができるようになったこと、ではないかと思います。コロナウイルス感染により、外出自粛が行われるなど、行動に制約が出たことが、家庭内でのこれらの作業を促進しました。東日本大震災の時は、通信網自体が破壊され、真実を把握することが難しくなったため、C.SNSが非常時において、重要な役割を担いましたが、今回は、人間の行動が制約を受けることになりましたが、通信手段が大きな影響を受けた訳ではありません。そして、インターネットが、組織内外の情報入手・交換を容易にして、外部の情報・意見を取り込むことが容易になった反面、組織内部情報も一定範囲で真実の姿が外部に流出することになり、組織運営が、一定オープンなものになってきました。組織外部の情報・意見の吸収、組織内部の情報・意見の把握と集約が迅速に行われることにより、意思決定の迅速化につながっていきます。併せて、経営者は、組織内外で大きな齟齬なく、多くのメンバー(職員)、利害関係者(stake holder)や一般者(public)に納得のいく意思決定を行い、説明することが必要になります。
4. 次の時代に向けたイノベーション
コロナウイルス感染はいずれ収束すると思われますが、提言書の通り、全て元通りに戻るではなく、「新常態」から「イノベーション」を遂げることになると思います。ここでは、コロナ後の経済社会が迎えるイノベーションについて考えてみたいと思います。
(1)世代交代によるイノベーション~「100年続く企業」へ
企業・非営利団体等にとって、「最大のイノベーションは、世代交代だ」という経営者が多くいます。Steve Jobsの2005年スタンフォード大学卒業式での講演の中でも、同氏は、「死こそがイノベーションの源泉になる」と言っています(注2)。リーマンショックや東日本大震災、今回のコロナウイルス等の後、経済社会変化に伴い、経営環境が変わる中で、意識改革ができず、経営対応できない経営者の場合、次世代への交代を円滑に進めることが、事業を継続させ、経営体の資産を守ることにもなります。経営者にとって、最大の課題は後継者を作ることだという方も多くいます。事業継続のための手法は、重要な手法です。
100年以上続く経営体にするためには、①儲かる仕組みづくり、②人づくり、③後継者づくり、が不可欠です。
① 儲かる仕組みづくり(ビジネスモデル):経営の目的(経営理念)・経営戦略・コアコンピタンス(差別化戦略)の明確化が必要です。また、利益を上げる3要素として、売り上げアップ、粗利益率アップ、固定費ダウンが挙げられます。
② 人づくり:人材育成、従業員満足度(ES)の向上、新規採用の継続が、経営体の若さを維持し、持続的発展させるための条件です。ここで人材育成とは、「自分で考え、行動できる人材」の育成です。
③ 後継者づくり:企業をはじめとする経営体は、「継続が前提」であり、後継者へのバトンタッチは早めに行うことが望ましいと思います。老舗企業の事業承継は、子供の時から行われることも多く、後継者には早めに後継者となることを自覚させることが必要です。
(2)技術変革による経営革新
イノベーションは、Shumpeterが1911年に出した論文で、「新結合」として初めて使われた言葉です。イノベーションには、技術革新(technology innovation)と経営革新(management innovation)があります。
① 技術革新:技術革新による製品性能等は、時間の経過とともにS字状の曲線を描き、技術の変化によって、Sカーブから、別のSカーブへの乗り換えが起こります。この飛躍的な技術の乗り換えは、Clayton Christensenによって、「破壊的イノベーション」と名付けられ、最初は新しい市場で開始されることが多いですが、市場に受容されれば、突然主要な市場に登場することもあり得ます(注3)。破壊的イノベーションの例として、携帯電話が挙げられます。今回のコロナショックを経て、これまで進められてきた、第四次産業革命や、5G導入により進めやすくなる、AI/IoT/ロボット/ビッグデータを含めた、Society5.0も、従来技術の延長だけではなく、破壊的イノベーションに発展する可能性が大きいと思います。もちろん当面は、オンライン会議・オンライン診療・オンライン教育等、「遠隔でサービスを提供する」という機能が通常ベースで進んでいますが、新たな技術と融合することにより、精度・用途等が急速に高まり、次の新たな産業の芽を育てる可能性が高いと思います。
② 経営革新:技術革新と並んで重要なのは、「経営革新」です。どれほど新しい技術でも、それを活かす「技術経営」なしには技術を活かせず、経営革新にはつながりません。また、環境変化への戦略的対応を通じて、経営革新を不断に図り、企業等を持続させることこそ、経営者の役割だと思います。経営革新の要素としては、A.アントレプレナーシップの導入を踏まえた事業機会の発見・育成・実現、B.戦略的意思決定、C.組織マネジメント(組織の創造性向上、知識創造による組織の自己革新、オープン・イノベーションによる製品・サービスの開発、ネットワーク組織によるイノベーションの促進)などが主要なものです。コロナ後の世界では、これらの経営革新を迫られる、技術・顧客・価値観の環境変化が不断に訪れると思います。
(3)イノベーションを生み出す「組織の学習力」
技術革新・経営革新の両方を生み出すためには、①個人・企業等の発明・発見や特許等知的財産、②経営者個人・企業等の経営上の創意工夫・手法や実践が必要です。経営革新の例としては、A.環境変化の認知と市場調査、B.新しい商品・サービスのアイデア出し、C.企業等組織内外での意見交換、D.商品・サービスの試験的実施、E.市場の反応を踏まえた商品・サービスの改良、と言った経路をたどることが一般的です。ここで、A-Cの過程について、企業等のメンバー(職員)単独ではなく、メンバー間の協業が必要になり、これが新しい「知」を創造することになります。この際に重要になるのは、個人・組織等両方の「学力」「学習力」だと思います。学力とは、「新しい知識を吸収し、経験に生かして、応用できるようにすること」であり、企業等のメンバーにとって重要な個人的能力で、経営者は、これらの個人の「学力」を組織的な「学習力」にまで高めることにより、改善・改良、売り上げ向上、生産性向上等様々な経営改革が可能となります。これを、「組織の学習力」と呼んでいます。そしてこの学力をより迅速に高めるために、インターネットを基礎とするICTとして、オンライン教育やオンライン学習が使われ、企業等でも、グループウエア、オンライン会議、データベース、クラウド等のツールが使われるようになっています。コロナウイルス感染を機に、このような「学習力」を高める機会が加速度的に増え、このようなツールを使いこなせるか、活用してビジネスなどに応用するかが、個人・企業等ともに格差を生む可能性があります。
(4)SDGsに向けて~成長からサステナビリテイへ
以上見てきたように、コロナウイルス感染を機に、経済の変化、社会の変化、技術の変化の面から、経済社会が様々な変容を迫られています。経済社会が、これまでのように「成長」を求めるだけではなく、成長が抑制される中で、真の「幸福」を求めるように、価値観の転換が図られるのではないかと思います。ここで、「幸福」を感じる要素は、国連の「世界幸福度ランキング」に用いられる尺度として、「所得、健康と寿命、社会支援、信頼、寛容さ」が挙げられます。そしてこれは、「幸福」「豊かさ」を求める社会の実現につながり、「誰一人取り残さない」SDGs(Sustainable Development Goals)の考え方を推進することになると思います。つまり、経済社会の価値観が「成長からサステナビリテイへ」と転換する可能性が大きいと思います。環境省「持続可能な開発目標(SDGs)活用ガイド」によれば、「企業が将来にわたって継続し、より発展していくために必要となるのが、長期的な視点で社会のニーズを重視した経営と事業展開」と説明されています。そして、SDGsの活用によって期待できるのは、A.企業イメージの向上、B.社会課題への対応、C.生存戦略、D.新たな事業機会の創出の4つがポイントであると説明されています(注4)。これを「経営」という観点からみると、企業等の経営理念、経営方針、事業計画が、社会のニーズに適合しているか、企業等の従業員も世界目標と方向性が同じだということが理解でき、働き甲斐が持てることが、持続できる経営の条件になると思います。したがって、「社会の困ったことリスト」こそ、「ビジネスチャンスのリスト」となると考えられます。このような点から、コロナウイルス感染という忌まわしい災難は、経営という観点から見方を変えれば、「サステナブルな経営」を推進するとともに、次の時代の「成長のチャンス」ともなるのです。
5.ヒアリング先
今回の提言をまとめるにあたり、コロナ後のビジネス等の影響と、経営対応策を検討するため、本年5月長崎で、次の業界の経営者に方々の意見をお聞きしました。私の取材のためにお時間をいただいた経営者の皆様に感謝申し上げます。
・航空輸送業・テレビ番組制作業・小売業・酒販業・水産加工流通業・建設業・ホテル業・システム開発(情報処理)業・レストラン業・理容美容業。
(注)
(注1)鬼滅の刃:吾峠呼世晴氏による漫画で、大正時代を舞台にして、主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が鬼と化した妹を人間に戻す方法を探すために、鬼殺隊を結成し、鬼の軍団と戦うストーリー。鬼の組織が「堅い組織」で、同質の社会として、鬼としもべが階層構造を成しており、力と恐怖による支配が行われているのに対し、鬼殺隊は、「柔軟な組織」で、鬼達を退治するメンバーが個性豊かで、一つの目標・理念「鬼を退治する」ことを共有しているために、統率が取れており、モチベーションの高い組織となっています。典型的な組織論における二つの組織が対比されています。
(注2)Steve Jobsのスタンフォード大学での講演(2005):「Stay Hungry,Stay Foolish」という言葉で有名な講演。
(注3)Clayton Christensenが1995年「破壊的イノベーション」を提唱し、1997年「イノベーションのジレンマ」を出版しました。同氏の問題意識は、「業界の中で最優良と目されてきた企業、つまり一時代を築いたイノベーターが、何故、押し寄せるイノベーションの波を乗り越えることができず、あえなく敗退していくのか」という疑問でした(三藤利雄「イノベーションの核心」P.104)。
(注4)環境省http://www.env.go.jp/policy/sdgs/index.html。
(参考文献)
・P・F・ドラッカー著、上田惇生訳「ネクスト・ソサエテイー歴史が見たことのない未来が始まる」(2002)
・一般財団法人放送大学教育振興会「技術経営の考え方」(2017)
・三藤利雄「イノベーションの核心―ビジネス理論はどこまで使えるかー」(2018)
・日刊工業新聞社編・松木喬著「SDGs経営―社会課題解決が企業を成長させる」(2019)
・BCNOR,http://www.bcnretail.com/(2020.5.11)
・菊森淳文「人口減少・少子高齢化社会における経営戦略~100年続く企業へ~」(2015年7月、大村青年会議所講演)
・菊森淳文「学習する会社のナレッジコラボレーション」(2001)