はじめに
現在の長崎、特に長崎市では長崎駅を中心とした大型開発がすすめられ、「100年に一度のまちづくり」が進んでいます。その一方で、長崎市の人口減少は歯止めがかからず、コロナ禍の影響もあり、造船、水産、観光といった長崎の機関産業についても脆弱さが改めて浮き彫りになるなど、決してポジティブな状況ばかりではありません。
そのような状況を受け、長崎の産業界においては、雇用の確保や魅力ある新たな産業を作り出すための内発型ベンチャーの育成が急務であることから、十八銀行とふくおかフィナンシャルグループ(以下、FFG)の経営統合を機に、FFGの寄付講座として、2019年10月1日、将来の長崎における事業創出の教育拠点として長崎大学FFGアントレプレナーシップセンター(以下、NFEC)が開設されました。
英知の集積地である大学にはベンチャー創出に不可欠な研究シーズが多くあります。NFECでは、そのシーズを活用した新産業を創出することで、将来にわたり長崎県経済の発展に貢献する役割を果たしていく所存です。
長崎大学FFGアントレプレナーシップセンターについて
「アントレプレナーシップ」とは、一般的に「起業家精神」を意味しますが、 NFECでは「様々な問題、予期せぬ変化、不確実な状況に直面しても、それをチャンスと捉えて、失敗を恐れずに新価値の創造に向けて行動できるマインドシップ」と解釈しています。NFECの主なミッションは二つあります。ひとつは先進的なイノベーション(付加価値の創造)教育・研究の機会を提供する「教育プログラム」を実践することにより、アントレプレナー人材を育成すること。そしてもうひとつは大学が持つ研究シーズの事業化や商業化へ向けた「インキュベーションプログラム」の提供による「大学発ベンチャー※の創出」の支援です。
※大学発ベンチャーとは大学の教官、学生、または公的試験研究所の研究成果を技術シーズとして事業化・創業を行う事業主体のこと。
教育プログラムについて
これまでの時代は、大手企業に入社すれば一生安泰といわれるなど、良くも悪くも中長期的な予測が可能な時代でした。しかし、テクノロジーの進化による人工知能(AI)やロボット等の技術の大幅な進化により、社会やビジネスの複雑性はこれまで以上に増してきており、先行きが不透明となっています。
その意味で、NEFCでは、この不確実な時代を乗り切るために、一線級のベンチャー起業家やベンチャーキャピタリストを講師に迎え、社会課題を解決することにより価値を創造していく専門的なアントレプレナーシップ教育を展開しています。
具体的には、学部生や大学院生および社会人に対して、基礎、応用、実践の3段階で11科目(2020年は10科目)の授業を展開し、体系的に「アントレプレナーシップ論」や「アイデア創出」、「イノベーション論」や「デザイン思考」から「技術マーケティング」に至るまで幅広い分野を講義やワークショップ通して学べるプログラムを提供しており、2020年度の『NFEC教育/人材育成プログラム』受講者数は、社会人受講生27名・学部生145名・院生58名の計230名、延べ登録者数は464名/10科目を数えました。
また、学生には単位の付与および社会人には履修証明書および受講証明書を発行していますが、併せて、受講の証明として国立大学では初となる『オープンバッジ』も発行しています。『オープンバッジ』とは、資格・スキル・能力等を示すデジタル証明/認証であり、かつ、世界的な技術標準規格にしてプラットフォーム間の相互運用性を実現したものです。ブロックチェーン技術を取り入れているので、偽造、改ざんが困難な信頼のおける学習証明書になります。この取り組みは、アントレプレナーシップ教育を実践する機関であるNFEC自らがアントレプレナーシップをもって新しいことにチャレンジした事例と言えます。
アントレプレナーシップを身に着けた人材は、起業やベンチャービジネスのみならず、一般企業や官公庁にも必要であり、組織内での新規事業展開にかかる企画や運営、後輩や部下に対する指導においても、教育プログラムで学んだことは活かすことができると考えます。アントレプレナーシップは将来の日本社会を担う若手人材に求められる必須の要素だといえます。
インキュベーションプログラムについて
大学では、理系学部を中心に様々な研究が行われており、基礎研究含め、新たな技術シーズが生み出されている反面、ビジネスに活用できていないケースが多くあります。NEFCでは、各学部を訪問し、技術シーズについてヒアリングを行い、既存の大学組織と連携をしながら特許分析や市場調査などを行ったうえで、活用できる技術シーズや研究者と民間企業とのマッチングを行なうなど、FFGのベンチャーキャピタルである「FFGベンチャービジネスパートナーズ」や十八親和銀行との連携を活かした事業化支援を行なうことで大学発ベンチャーの創出を目指しています。
インキュベーションプログラムとは、長崎大学の学生や企業経営者等と研究者とでチームを編成し、研究シーズを評価したうえで、ビジネスプランを構築していくものですが、具体的には技術シーズを選定し、教育プログラムと連携しながら、事業化支援(市場調査、特許調査、ビジネスモデル開発の支援等)を実施して、有望な案件については外部資金等を活用して投資を検討するものです。
2020年度は医学部や工学部、情報データ科学部等から提供いただいた技術シーズを元に市場調査や特許調査を行うテクノロジーアセスメントを行い事業性の評価を行いました。
このインキュベーションプログラムを通して、㈱ユーグレナ(東京大学)やサイバーダイン㈱(筑波大学)のように、長崎から将来上場できるような大学発ベンチャーを誕生させることができれば、長崎にこの好循環を構築することができ、大学はもちろん地域に資金還元ができるようになると考えます。
また、2021年度は、九州工業大学が主幹となり、長崎大学、北九州市立大学、㈱FFGベンチャービジネスパートナーズが連携するかたちで「研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム<社会還元加速プログラム(SCORE)大学推進型(拠点都市環境整備型)>」の予算に応募し採択されました。そのなかで「北九州SDGsイノベーション&アントレプレナーシッププラットフォーム(KIEPS)」を形成することで、インキュベーションプログラムの実施による大学発ベンチャー創出と既存産業の変革を実践できる技術・人材供給の場を形成していきながら、北部九州から九州全体の産業振興、ユニコーン企業創出の実現を目指していきます。
さいごに
長崎は、江戸時代に唯一海外との交易の窓口であった「出島」があったこともあり、新しい思想、異なる文化の受け入れ、新しい事業や文化を創出し、外部と交流し新しいものを産み出すイノベーションを起こすポテンシャルがある地です。
今、長崎に必要なのは、そのポテンシャルを活かした人材育成や事業化への成長を促していく地域エコシステム(生態系)の構築とオープンイノベーションの広がりです。近年の動きとして、長崎では、NFECをはじめとした大学はもちろん行政や民間によるオープンイノベーション拠点が多数生まれています。今後はこの拠点がいかに効果的に連携していけるかが重要です。
そのためには、長崎における産業構造の分析や各自治体の地域政策の把握が必要不可欠だと考えます。「ながさき地域政策研究所」様には、これまで培われてこられた政策提言とコンサルティングの確かな信頼と実績があります。NFECとしましては「ながさき地域政策研究所」様と積極的に連携させていただくことで、長崎におけるアントレプレナー人材育成と大学発ベンチャー創出支援、引いては新産業創出の中核となれるよう努力していく所存です。
長崎でイノベーションを興し、アントレプレナーシップを育み、ベンチャー企業を創出する舞台は整いつつあります。NFECでは、それを行うプレイヤーを発掘して育てながら、長崎県の経済浮揚に貢献したいと考えています。